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【発酵コラム㉛】室町時代の麹騒動とは?!

室町時代の麹騒動とは?!(時事ネタでは紅麹が騒ぎになってますが、、、、紅麹と黄麹は分類の属が違います)

 

 

こんにちは、

上席講師の藤本倫子です。

 

発酵コラムを1年半もお休みしておりました。

その間、何をしていたかと言いますと、

子供を産んで子育てに必死になっておりました(汗

ということで、見事にコラム30から1年半が経過、

我が子も1歳半になりました。

子育てをしながら思うことが多々あるのですが、

発酵食品を勉強していて本当に良かった!と日々実感しています。

離乳食も幼児食も困ることなく、

たくましく健康にムチムチの体型に育っています(笑 

 

 

 

そして今回は、長らく発酵コラムでテーマにしてみたかった

発酵コラム㉛室町時代の麹騒動(『文安の麹騒動』ぶんあんのこうじそうどう)について】です。

講座ではよく皆様に「発酵を勉強すると、旅行が楽しくなりますよ

とお伝えしていますが、

発酵マイスターの資格を取得した方から、「その話は本当でした!」と言われることも多いです。

日本の国内旅行で素晴らしいのは、各都道府県にそれぞれの土地に根付いた

発酵食品があるということその土地の食文化に触れることができ、とても興味深いです。

その中でも、今回は京都に関する内容です。

 

 

 

醸造と言えば皆様ご存知の【麹】ですが、

麹と言えば、訪れたい場所として、北野天満宮があります。

それは、室町時代のことですが、

当時は酒蔵が原料として使う麹は麹屋が卸しておりました。

当時の京都にはたくさんの酒蔵が存在していたと言われておりますが、

麹に関しては、麹専門業が独立して存在していました。 

そして北野天満宮は、京都の酒造工程の麹支配していたと言われており、

北野麹座(きたのこうじざ)という、

麹屋の同業者組合のようなものをつくり取り仕切っていたと言われております。

これは、室町幕府が「麹は麹座から買うように」と独占権を与えていたからなんです。

しかし、酒蔵がこのまま黙っている訳がありません!

 

 

麹は高いし、自分たちで麹を作りたいと思うようになる訳です。

そして麹作りに取り組み始めると、北野麹座はこれに反発し、

麹の製造販売の権利全てを幕府から獲得し、酒蔵が自分で麹を作ることを禁止します。

さらに酒蔵は黙っていませんでした!

酒造家集団は、当時大きな勢力を誇った延暦寺に駆け込み、幕府に圧力をかけていきます。

結果的に、幕府は折れ、北野麹座の独占権は廃止されます。

そこで話は終わりません。

 

 

今度は北野麹座が北野天満宮に立てこもり、抗議しますが(北野祭というお祭りができなくなる)、幕府から鎮圧されます。

この時北野天満宮が焼失し、1444年文安の麹騒動として記録されています。

その立て籠もりをしている間、毎日麹の神供を供えたとの記録も残っています。

結果的に、麹の独占権はなくなりましたが、

北野麹座側の人々は、家を自ら焼いて逃亡したという記録もあり、

自ら放火したことで没落して荒野となったという事が「康富記・建内記」に残されています。

当時は自らの手で家人のいない家を焼くことによって、屈服降参していないことを意思表示する作法であったと言われております。

 

 

現在の北野天満宮の宝物殿に収められている【北野西京神人文書】に当時の記録が残っており、

デジタル保存、公開もされているので、ご興味のある方は是非観に行ってみるのも楽しいです(公開時間など詳細は事前に調べてから行ってくださいね)

秋には梅酒祭りもあるみたいですよ!

https://kitanotenmangu.or.jp/